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【トランスリンクニュース10】
米国判例に見る翻訳の留意点(6)
情報開示陳述書における翻訳
Semiconductor Energy Laboratory v. Samsung.
204 F. 3d 1368 (CAFC 2000)

本件は日本の企業である半導体エネルギー研究所(以後SELとする)が米国特許5543636号(以後636特許とする)他を侵害したとしてSamsung電子を提訴したものである。この裁判では、この特許の審査中に提出された情報開示陳述書(以後IDSとする)にある日本公開特許についての特許性に関する簡潔な説明とその翻訳文の適切性が争われた。そして、この636特許に関してこの公開特許のもっとも重要な部分が適切に説明されていないばかりか、この部分の英文翻訳も提出されていなかった。このため、SELは特許庁を欺く意図があったと認定され、特許が権利行使不能となった珍しいケースである。
この件では、翻訳の品質が争われたわけではなく、IDSとして提出すべき文献においてどの部分を翻訳すべきであるかという適格性に関することなので、翻訳者の問題というよりも発明者の責任に帰するところが大きいが、翻訳に関わる判例なので紹介したい。

本特許は絶縁型フィールドエフェクトトランジスターFETに関し、チャンネル領域の不純物濃度を所定値以下とすることに特徴があった。本特許の審査中にSELは膨大な数のIDSリストを提出した。その中に極めて重要な引例であるキャノンの特許公開公報が含まれていた。SELはこの公開公報について日本語の公報全文、その特許性に関する簡潔な説明文とSELが重要と考えた1ページ分相当の翻訳文を提出した。
これに対して被告Samsungは、SELが引例の重要部分を秘匿することにより特許庁を欺いて特許を取得した不正行為があったと主張した。地裁は、キャノン特許公開公報には本特許に関わる重要な記載があるにもかかわらずSELはこれを簡潔な説明文で述べることもなく、またこの部分の翻訳文も提出しておらず、意図的にキャノン特許公開公報を隠匿したとしてこの特許を権利行使不能とした。連邦高裁もこれを支持した。

IDSで提出すべき文献が非英語文献の場合には、文献のリスト、文献の複写、その文献の全文訳または部分訳と合わせて特許性に関する簡潔な説明を添付することになっている。全文訳を提出すれば、Fraudの抗弁は避けることができるので安全かもしれないが、IDS文献数が多かったり、文献のページ数が多かったりするときには出願人には工数的にも経済的にも負担となる。米国特許庁も全文訳の提出義務を課しているわけではないので、出願人は誠実義務に則り、本出願に関連性の高い部分を正確に翻訳した部分訳とその関連性を簡潔に説明した説明文を提出する必要がある。