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【トランスリンクニュース5】
米国判例に見る翻訳の留意点(3)
Nautilus v. Biosig Instruments SC No. 13-369 June 2, 2014

昨年2014年に米国最高裁判所は、知的財産に関して6件の判断を下している。その中の1件である上記判例は、特許翻訳者にも示唆すべき点があると思われるので、簡単に紹介する。

本件は原告Biosig Instrumentsが心拍計に関する米国特許5337753号が侵害されたとして被告Nautilusをニューヨーク連邦地裁に提訴したものである。

 

1.特許の争点

本件は米国特許5337753号の特許クレーム中の“Spaced relationship”という用語の明確性が争われたものである。連邦地裁は、この“Spaced relationship”が正確にどのような関係を示すものか明確ではないので、特許法第1122項の要件を満たしてはいないと判断した。

これを不満として原告は上訴し、CAFCが判断することになった。CAFCは、これまで明確性を判断するのに、次のような基準を持っていた。

   Not amenable to construction      解釈不可能

   Insolubly ambiguous                    解決できないほど曖昧

CAFCは、審査経過等の内部証拠を考慮すると、これまでの判断基準に照らせば当業者がその間隔の境界線を理解するのに十分な内在的なパラメータが含まれており、解決できないほど曖昧ではないと判断し、本件を地裁に差し戻した。

これに対して、最高裁判所は、明細書及び審査経過を考慮したうえで、クレームの範囲について合理的な確実性をもって当業者に発明の範囲を伝えていない場合は、特許クレームは無効にされるとした。また、「解決できないほどに曖昧」という基準は、解決できないほどに曖昧でなければいいという不明確性を許容することになり、明確性の要件を低下させものであり、ひいてはイノベーションを停滞させる不明確性の領域を助長させるものであるとした。その結果、CAFCの判断基準は誤りとして、本件を差し戻した。

 

2.翻訳者としての留意点

この判決により、今後クレームの明確性に関する判断がより厳格になることが予想される。NPEをふくめた米国企業から米国特許に基づいて特許訴訟を起こされた日本企業がしばしば悩むのが、曖昧な特許クレームによる提訴である。日本企業にとっては、この判決により曖昧な特許クレームを有する特許による提訴が少しでも抑制されることが望まれるところである。

ところで、日本語特許明細書を翻訳するにあたって、翻訳者がしばしば悩むのが日本語特許明細書原文の曖昧な表現や意味不明確な説明である。不明確な日本文をそのまま翻訳したのでは、ますます不明確な英文明細書になる恐れがある。CAFCの明確性に関する判断基準が見直されることになれば、不正確で曖昧な翻訳をすることは特許の無効につながる恐れもある。

このようなことを考慮すると、明細書の翻訳者としては、今後次のような点に留意する必要があろう。

   明細書の内容に少しでも疑義があるときには、不明確な翻訳や誤訳を避けるために、発明者にその内容について確認し、これまで以上に正確な翻訳を心掛ける。

   曖昧な日本語明細書を翻訳する際には、翻訳者は必ずしも日本語原文に捉われることなく、技術を理解したうえで英語の論理に従って英文として分かりやすい表現を心掛ける。

   特許クレームの翻訳にあたっては、明細書の詳細な説明と特許クレームの用語の使い方についても十分な対応を検討する。